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2006年05月04日
倉敷市で憲法集会
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倉敷市の3地区労主催、初の憲法集会が倉敷労働会館で5月3日開かれ、35人が参加しました。平林倉敷地区労議長が「基調報告をしないでフリートーキングを」と提案し、挨拶を兼ねて「亡くなった親父が呉の海軍少年特別兵で終戦を迎え広島の惨状を見た。生前『どんなことがあっても戦争はイカン』と言っていた。これは国民すべての思いであり、憲法の精神ではないか。我が家の家訓、遺言であり、無条件に守らなければならないものと思っている」と述べました。次々と13人が発言し、最後に地区労顧問の古谷重幸氏が「79歳になる。軍国少年だったが、敗戦で勉強し直した」と労働運動に身を投じ、反戦平和の運動を取り組んできた経験を述べ「若い人たちに期待している」と結びました。
「終戦の年に生まれ小学校のとき憲法を教えてもらった。司書をしてきたが、戦前の思想統制を繰り返させないとして、国会図書館には『真理は我等を自由にする』とある。百万人署名運動を進めているが、圧倒的多数が憲法九条を変えてはいけない、と言っている」「私の父はシベリアに抑留されていた。戦争を語り次ぐ責任を感じ、全逓労組で憲法を暮らしに生かす運動をしている。5月27日に学習会を開く」「私の父もシベリアに抑留され、祖父も戦争で死んだ。今日の朝日新聞の日本共産党の意見広告を見て涙が出た、と言う若い女性が電話をくれた。日本原での日米共同演習がイラク戦争のためであることが海兵隊のホームページで赤裸々に語られている」「昭和19年1月呉に生まれ空襲に遭った。入ろうとして断られた防空壕が蒸し焼きになった。父は軍需工場に勤め、救援トラックで広島に行き、この世の地獄を見た、と繰り返し聞かされた。今、憲法の勉強をして自称講師をしている」「自治体労働者の中にも時代が変わったから憲法も変えたら、という声が出ている。どうしたらよいか」「水島地区労議長をしたことがある。父は三井造船で潜水艦をつくる『産業軍人』で、戦争には行っていない。平和運動で2年に1回若い人を沖縄に行かせた。徴兵をさせないように」「若い者も行って来い、と言われてこの集会に参加した。こんな話をみんなに聞いてもらいたい」「看護職場で『ひまわり9lave(クラブ)』という名で九条の会を立ち上げ、9の日にビラ配りなどしている」「地域新婦人で教育基本法改悪と憲法改悪に反対する署名運動を進めている。隣近所の人の署名を取ることへ足を出して行こうとしている」「憲法塾で勉強したが署名はこれから」「おかやまコープで2月に憲法学習会をし、池田香代子さんの本を紙芝居にした。お国言葉で憲法を語った」など、それぞれの思いが熱っぽく語られました。
私も発言し「終戦のときが5歳。我々の世代にとって、戦争と憲法は切り離せない。怖くてつらかった戦争、これをしないと書いた憲法は実感でその通り。また、何故戦争をしたのか、憲法前文に書いている。『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言』として、国民に主権がなかったから政府が戦争を起した、と明快。国民主権で行けば戦争は起こせない。しかし、まだ国民主権は不十分で、それを強めていくために頑張る」と決意表明しました。
記事 小山ひろみち : 2006年05月04日
