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2006年10月30日
「変動する日本列島」を読んで
この本(岩波新書)は先日くるくるセンターで廃棄本として戴いたものです。
著者は「日本の山地形成論ー地質学と地形学の間」を著した藤田和夫大阪市立大学名誉教授です。
六甲山地が、南から見ると連峰だが北から見ると丘陵になっており、隆起準平原と呼ばれる地形であることから、話が始まっています。私も大学の卒業式後徒歩で倉敷に帰る道すがら六甲山地の平坦な道を歩いたことがあり、その通りだと思いました。
著者はさらに、六甲の地質と大阪湾の海底地質に、同じ化石(メタセコイア)を含む地層があることをとり上げ、その形成時期が約100万年前で、六甲、大阪湾の全域が海岸に近い平原であったとしています。同じ化石を含む地層が六甲では海抜500mにあり、大阪湾海底では海面下500mにあるところから、1000mの変動量を割り出しています。さらに、大阪湾に500mもの堆積を生じさせるにはその場所が沈降していくところでなくてはならない。海底のボーリングで沈降量は約1000mと測定され、その底から見れば六甲は2000mの連峰に見えると言うのです。
このような見方は大変面白い、と思います。地球科学にはこのような「発想の転換」がいくつも出てくるのです。また、隆起準平原にかっての川砂利が点々と分布し、京大地質鉱物学教室の創立者中村新太郎教授が「山砂利層」と命名したことも、この本に触れられていました。高校地学教師であった時に「山砂利層」から化石を発見し、その成因を勉強してみたい、と常々思っていますので、本当に良い本を戴きました。有難うございました。
記事 小山ひろみち : 2006年10月30日
コメント
昔の古巣に帰ると、小山先生は生き生きしていますね。いいことだと思います。面白そうですからまた教えてください。
投稿者 栗本 泰治 : 2006年11月01日 17:43
コメントありがとうございます。
真備町、船穂町境で私が発見した「山砂利層」化石には、メタセコイアが含まれていましたが、90万年前に日本列島では絶滅した、とされています。ところが中国大陸でメタセコイアが発見され「生きた化石」と呼ばれました。「山砂利層」の形成時期が90万年前なのか、それとも90万年前の地層のかけら(数10mに及ぶ)が、その後の川砂利堆積の際混入したのか、よく分かっていません。年代測定を専門家に依頼したのですが、うまく出来なかった、との連絡でした。そのまま教師を辞めてしまったので、心残りとなっています。
投稿者 小山 : 2006年11月02日 13:23
きょう教育基本法に関するコメントありがとうございました。議員さんたちは、改悪の内容をどう思っておられるのでしょうか?我々が元気良く奮闘しなければと痛感いたします。
投稿者 森本ふみお : 2006年11月02日 23:31
徒歩で京都から倉敷までとは。聞いていたかしらと、思い返しました。
10万年のギャップですか?
混入を否定するには、たくさんの発見が必要になるのでしょうね。久しぶりに地学部にもどったかのようでした。
投稿者 大野 : 2006年11月05日 11:10
倉敷まで歩くつもりが4月31日備前市の親戚にたどり着いたら、「4月1日天城高校に出頭せよ」の連絡が届いていて、やむなく徒歩旅行を中止しました。地学の授業で、この話をしたことがあり、何人かの卒業生から「京都から歩いて帰った」話を覚えている、と言われました。
投稿者 小山 : 2006年11月05日 20:14
