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2007年03月19日

総務委員会開く

 予算を除く総務委員会関係議案は、選管委員と補充員の選挙、請願3件(1件は継審中)のみです。
 県労会議から出された「改憲手続き法案に関わる意見書提出について」は継続審議となりましたが、同じ請願者の「安心・安全な公務・公共サービスの拡充を求める意見書提出について」は、「採決せよ」の意見で、私と青空市民ク、時尾議員2人が採択を求めましたが、多数決で不採択にされました。
 「公務・公共サービス充実」「格差是正のため社会保障充実」を求め、そのための財源として、「消費税増税でなく大企業・大金持ち優遇税制の是正」を求める、という内容が「過激だ」という発言がありました。結局、「大企業・大金持優遇税制」「格差社会」の是正を否定できないから、「過激」と言う言葉で請願を葬り去ろうとしたようです。
 私が予算委員会で指摘していた、経済産業省の法定受託事務である工業・商業統計について、「市場化テスト対象業務ではない」と末永総合政策局長が明言しました。結局、今年度市場化テストは「運転業務」と「職員研修」の2事業だけです。「官から民へ」、何が何でも急げ、という倉敷市のやり方は破綻しました。

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2007年03月13日

倉敷で重税反対行動

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 3.13重税反対倉敷地域統一行動が、民商、生健会、農民連など250人もの結集で意気高く取り組まれました。倉敷公民館で集会を行った後、商店街を通り倉敷税務署までデモ行進し、集団申告しました。
 赤坂県議、末田議員と一緒に来賓参加し、私は挨拶で訴えました。
 「いま、増税・負担増で国民の怒りが沸騰しています。その声を代表して取り組まれた統一行動です。歴史上、重税に黙っていた人民は居ません。『一揆』を起こしました。今回の一斉地方選、参院選を「政治一揆」の場にし、増税・負担増を進めたり、それに賛成した政党や議員に厳しい審判下そうではありませんか。日本共産党は選挙勝利に全力を尽くします」と連帯の挨拶をしました。

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2007年03月08日

初の予算特別委員会開く

 当初予算審議の予算委員会総務委員会が開かれ、大本議員と2人出席しました。
 4年制新大学構想について、「平成21年開学を目指す」と言う市長の所信表明が大きな問題になりました。大本議員は「1月の総務委員会では慎重審議する、となったと聞いている。21年開学は聞いていない。この間に何があったのか」と切り込みました。議論百出する中で、日名総務局参与は「大学の意見、市民の意見を聞いて基本構想を慎重に検討する。それが出来たら4月中に総務委員会に示したい。そこに基本構想を出すことが出来なければ21年開学は出来ない」と発言しました。審議会答申・検討委報告の「短大の4年制化案」を否定し、突然出された「早稲田総研の新大学構想」では、とても4月中にまとまらないでしょう。審議会答申・検討委報告に立ち返った基本構想の検討こそ急がれます。
 もう1つ問題になったのが、市税未納者への電話催告委託料です。債権回収会社などから派遣社員を受入れ昼夜電話催告する、と言うのです。市民のプライバシーが守れない、市の職員が傍にいて、派遣社員に電話をさせるというが、市の職員がすればよいではないか、などの批判が相次ぎました。「最近委託が多すぎる。市の職員がもっと汗をかくべきだ」という意見が出て、中田助役は「委託が多すぎることは見直したい」と答弁しました。
 市場化テストで、窓口業務を派遣社員にさせると市の職員が傍にいなければなりません。何のメリットも無い、というのが、足立区などで市場化テストを中止した理由です。
 今回、3つの事業を市場化テストにかけようしていますが、その内経済産業省の法定受託事務である「商業統計調査・工業統計調査」は、経済産業省自身が市場化テスト対象業務としていません。倉敷市は「官から民への」トップランナーを目指すとして、やってないけないことまでしようとしている、と私は厳しく指摘し、市場化テストをやめるよう求めました。

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2007年03月05日

四十九日の法要を終えて

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3月3日に母の四十九日法要を終え、小山家代々墓に無事納骨できました。墓の中で50年間一人だった父と一緒に、無窮の時間を過ごすのでしょう。告別式と法要に、いろいろな方から、お心遣いをいただき、喪主として心よりの感謝を申し上げます。
 もう帰らぬ時間となった、母のアルバムをめくって、私にとっての鮮烈な思い出が浮かんできました。それは大高小学校卒業式の最後に、保護者代表で謝辞を述べた母の姿です。
 平素は野良着で、男に負けまいと野良仕事を頑張っていた母が、一張羅の着物で立った姿が、子どもの眼にも、まぶしく、美しく見えたことです。「母は美しかった」この思いは大事に心の中にしまっています。
 さて、今度は自分たちの番。人生を終える方向へ夫婦二人してどう生きていくか、と語り合いました。
 ケンかは絶えないでしょうが、もう少し互いに優しくなりたいものです。

記事 小山ひろみち : 2007年03月05日 | コメント (2)