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2007年05月09日
憲法ー過去と現在
終戦は私の5歳の時。破壊された国土の食糧難が少年時代を覆っていました。恐怖と貧困をもたらした戦争に対して「なぜ戦争がおきるのか?」との問いかけは、いつも心の底にありました。
憲法前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」を読んで「あっそうか、戦争は政府が起こすのだ。それをさせないのが国民だ」と知りました。天皇制政府が朝鮮・中国などを侵略する「帝国主義」「膨張政策」を行ったこと、その根源が、独占資本による飽くなき収奪・搾取の社会経済体制にあること、これらを日本共産党の学習会で学びました。戦争を根絶するためには、この体制変革が不可避だ、と知ったのです。
いま、自民・公明の安倍政権による、憲法改悪で「日本を戦争する国」にする動きが急です。その根源に、日米の独占資本・多国籍企業の要求があります。イラク戦争など「帝国主義的策動」にアメリカと肩を並べる日本の「国際貢献」を要求しているのです。そして、労働者を使い捨てにする自由、国境を越えて搾取する自由を「新自由主義」と称して推進しています。
「ワーキングプア」と呼ばれる労働者(若者、女性が大半)が、「生きさせろ!」(雨宮処凛著)と憲法改悪反対に立ち上がるのは必然です。60年前の帝国主義戦争による国民の貧困、現代の「新自由主義」「帝国主義的策動」がもたらす「格差の中の『貧困』」、そこに共通するものを感じるのは、私だけでしょうか。
記事 小山ひろみち : 2007年05月09日
