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2007年07月31日
市立大学審議会条例再び継続審議に
31日総務委員会で、継続審議中の「倉敷市立大学審議会条例」について、大学設置準備室と市立短大関係者との合意事項として、「1.新4年制大学構想、市立短期大学のあり方について 2.議会での議論(公設民営化、ゼロベースからの議論等)について」を審議会に審議してもらう、と報告がありました。
「審議会は審議する場だから条例を認めるべき」との意見が出されました。私は「問題の起こりは、元の審議会答申や検討委員報告に反する新大学構想が出されたからだ。短大の4年制化については議会でも、市民的にも大きな異論はないと思う。元の答申・報告書は最小の経費でそれを実現しようとしている。そこに戻って具体化を進めればよい。新たな審議会は必要ない」と主張しました。
委員の中から「短大の4年制化は悲願だった。市長は本気でそれをやるのかどうか。来年の市長選挙までこの議案は凍結すべき」と言う意見が出されました。結論は、再び継続審議とし、8月20日に委員会を開こうと言うことになりました。
記事 小山ひろみち : 2007年07月31日 | コメント (0)
2007年07月24日
50回目の平和行進
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7月22日、倉敷市役所の出発集会では、西博副市長から平和の尊さと、核兵器廃絶を訴える激励の挨拶をいただき、70人が元気よく行進出発。吉岡、堀南を通り、浦田から水島へ入りました。
途中にわか雨に遭いましたが、歌を歌ったり、「ノーモアひろしま」などシュプレヒコールをして、水島支所まで頑張りました。横浜から来られた通し行進者は私と同年輩で、お父さんが戦死し顔を覚えていない、と自らの体験を語りました。
みんな同じような体験をしています。「ノーモア戦争!!」はわれわれ世代の強い意思です。
記事 小山ひろみち : 2007年07月24日 | コメント (0)
2007年07月08日
一番街復活祭開く
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「千秋座通り」と言われ倉敷駅の昇降客や市民が通った一番街、寂しくなった通りに少しでも賑わいを、と山川さんなどの市民グループが取り組んで、一番街復活祭が7月8日9時~17時行なわれました。次回は8月12日と、毎月第2日曜日に継続的に開かれます。
「昔は賑やかだった」と集まったお年寄りが語っていました。商店街は学校での思い出と同じように、みんなの心に生きているのだ、と思いました。
私が中・高校生の時、バイトで働いていた青果市場で見かけた「キューピー食料品店」のおじさんが83歳で元気に店を(食料品店から陶器店にかわっていたが)をやっていて、珈琲をよばれて昔話をしました。「知った人が亡くなってしまって寂しい」と言っていました。
なくなっていくふるさとをよみがえらせる試みにも似て、これは貴重な頭の下がる取り組みだと思います。、
>> 関連情報 旧町名・平和町(倉敷市役所サイトへリンク) 一番街は映画館の名にちなんで「千秋座通り」とも呼ばれて親しまれた。
記事 小山ひろみち : 2007年07月08日 | コメント (2)
2007年07月05日
大型事業見直しを
県事業評価監視委員会で、倉敷駅周辺鉄道高架事業について、事業継続を「妥当」としながらも、着工のめどが立たないことから、異例の付帯意見「事業着手時期の明示」を付けました。
この事業費は、当初見込みから200億円増の約600億円に膨らみました。県が鉄道高架をするための前提としている、倉敷市による土地区画整理事業を含めると、1000億円を越える大型事業になることがハッキリしてきました。
この大型事業をぶち上げたのが故渡邉市長です。故長野知事から頼まれ、チボリを受け入れる交換条件として、「駅周辺鉄道高架」の約束を取り付けたのでしょう。しかし、チボリも命運が尽きかけているとき、駅周辺鉄道高架事業も同じ運命をたどるのは必然です。
これ以上大型事業に財政をつぎ込めば、県も倉敷市も財政破綻に陥ることは必至です。大型事業優先から、県民、市民のくらし・福祉優先に転換させるための、倉敷市長選、県知事選が来年相次ぎます。
チボリへの税金投入や大型事業優先に一貫して反対し、暮らし・福祉優先の市政、県政実現に尽くしてきた日本共産党の頑張りどころです。
記事 小山ひろみち : 2007年07月05日 | コメント (1)
