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2007年10月30日
中国東北部平和交流の旅(その2)
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瀋陽から大連までの列車の旅は、夕日が地平線に沈み、真っ赤な夕焼けが見られる!と楽しみにしていましたが---。
稲刈りが済み、「くろ」を組んだ藁が、見渡す限り続く光景に感激したり、コンバインが動いているのを見て進歩の速さにびっくりしました。6年前、一家総出で足踏み稲こぎ機を動かしている、昔ながらの脱穀風景を懐かしさ一杯に見たことを思い出します。
中国大陸の大きさを実感したいと思いましたが、低い山が連なっていたり、沿線の工場や住居群に遮られて、4時間弱の車中で、窓ガラス越しに、づーとカメラを構え続けていましたが、いい感じには撮れませんでした。
東北部は、日本が侵略し「満州国」とし、「王道楽土」と偽って35万人もの「開拓団」を押し付けた、罪深い場所です。中国では「偽満州国」と言われています。日本人残留孤児が2700人も人生を送った地でもあります。そして望郷の思いで帰国しても、温かく受入れてもらえない日本の現状があります。
重いものが課された中国東北部の旅でしたが、有意義でした。
記事 小山ひろみち : 2007年10月30日 | コメント (0)
2007年10月29日
市議団管内視察
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午前中、有城にあるふじ園、くすのき園、ふれあいの家を視察しました。知的・身体障害などへの授産、療育などが行われています。利用者の方々と職員とでつくるロックバンド「ふじ園バンド」の演奏まで聞かせていただきました。就職・定着率が高い、とのこと、職員の皆さんの努力は貴重です。それにしても「指定管理者制度」はひどい制度です。もしも指定を外されたら職員の身分保障が出来ないため、正規採用が出来ない、と言うのです。経験を積んだ職員を確保するため指名制を維持すべきだ、と思いました。
午後は、庄地区の楯築遺跡(弥生墳丘墓)、王墓山など古墳、上東遺跡(弥生集落跡)を、文化財保護課の案内で視察しました。悠久の歴史を、倉敷市の中で感じることが出来ました。感謝。
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2007年10月28日
早い唐臼挽き
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恒例の田ノ上農家組合東回り唐臼挽きが、去年より半月ぐらい早く行われました。
稲刈りが早くなり、稲が十分成熟する前に刈り取られ、「青」と呼ばれる未成熟米が多く出ました。
自家用で食べるには「青」があるぐらいのほうが、おいしいと言われています。
写真にあるような、発動機と旧式の籾摺り機で、ベルトが緩んでモミが詰まり、何回も停止させては修理しながら、5軒分仕上げるのに、夕方までかかりました。
記事 小山ひろみち : 2007年10月28日 | コメント (1)
2007年10月27日
倉敷駅周辺の諸問題
三越跡地に天満屋出店が正式決定され、商店街から「これで駅への客の流れが復活する」との期待の声が聞こえてきます。しかし、駐車場用地を生み出すための「倉敷駅東地区土地区画整理事業」はまだ先のことで、当面駐車場をどうするのでしょうか。
天満屋が地下食料品売場を持てば、東西ビルをつなぐ地下道の利用も増えます。しかし、人の流れをふまえたバリアフリー整備など、駅周辺全体の整備計画は出来ていません。
毎月第2日曜日の「一番街復活祭」が好評ですが、通りの東側の商店・住宅は「阿知三丁目再開発事業」に係わっています。さらにこの地区を含む中心市街地活性化基本計画や景観計画が現在策定中です。この再開発は民間が行っていますが、市の計画と整合しているのでしょうか。
こうした問題に対する倉敷市の取り組みがチグハグで、再開発事業や土地区画整理事業で一番肝心な点-ー住民の生活と権利が守られるかどうか、大変気がかりです。
市として住民の声を聞いて、これら倉敷駅周辺の諸問題に積極的に取り組むべきだと思います。
記事 小山ひろみち : 2007年10月27日 | コメント (0)
2007年10月23日
総務委員会でチボリ問題知事・市長会談報告
「チボリ」の名を失うことで「チボリ公園事業」は終焉を迎えます。岡山県が主体となった第三セクター「チボリ・ジャパン社」もその名を失い、経営体の清算が迫られています。
いま、石井知事と古市倉敷市長の間で、「倉敷チボリ公園」の跡をどうするか、を巡って、知事・市長会談による駆け引きが行われています。
22日の総務委員会で、19日の知事・市長会談の報告があり、私は次のように指摘しました。
知事は「倉敷市主体に倉敷市民公園」の検討を要求し、市長は「県の協力を取り入れた市民公園」及び「市民公園を含む具体案の検討を」と応じ、「すれ違って」いる。石井知事は、9月県議会での追及を「倉敷市長の検討待ち」で乗り切り、この年末までに「倉敷市主体の倉敷市民公園」の検討を倉敷市長に約束させようとしている。 しかし、「倉敷市主体の倉敷市民公園」は、倉敷市が自主的に考えることで、知事の要求は内政干渉だ。また、「倉敷市民公園」になれば、地代を県費支出することは地方財政法上出来ないから、倉敷市の負担だ、と言いながら、「倉敷市民公園」を要求する知事のやり方は、地方自治を侵害するものだ。こうした議論を市議会でも大いにすべきだ、と発言しました。
そもそも「岡山市の事業」を、長野知事が地方自治を踏みにじって、「県の事業」として、倉敷市に立地させたのが「チボリ公園事業」です。長野知事のあとを受けチボリを開園した石井知事は、最後に「倉敷市の事業」として押し付けようとしているのです。身勝手な、無責任極まりないやり方であり、地方自治を侵害するものです。
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2007年10月21日
岡山
岡山総合グラウンドスポーツの森広場で第29回岡山赤旗祭りが開かれました。
市田書記局長の記念講演では、自民・公明政治のでたらめさを国民の目線でとらえ、根本的な解決が「日本共産党綱領」に示されていることが明らかにされました。
アメリカ言いなり、財界べったりの政治を変える、国民が政治を動かす時代に入ったことが強調され、国民が主人公の政府、民主連合政府に進むには、日本共産党が躍進する以外にない、と強く訴えられました。
アトラクションは多彩で楽しめましたし、バザーも大高・老松後援会がおでんを作って売り、楽しい秋の一日を過ごすことが出来ました。(私は中国の旅の疲れが出たようで、顔色が悪い、と言われました)
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中国東北部平和交流の旅(その1)
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10月16日~20日、日中友好協会倉敷支部主催の「中国東北部平和交流の旅」に参加しました。
写真は「平頂山殉難同胞記念碑」に参加者16名で献花した後、大本市議と一緒に写してもらったものです。
1932年9月15、16日日本軍が撫順平頂山の住民3000人を虐殺した「事件」の記念碑です。生存者の一人、楊宝山さん(86才)の話は胸に詰まりました。
「住民全員が呼び出され機銃掃射を浴びせられた。自分も足に銃弾を受けたが、母親の下で母が流した血にまみれていた。動いたら自分も殺されると思い息を殺していた」「日本兵がいなくなってからその場を逃げ出した」。その時楊さんは10歳。「身分を隠して乞食となり10年間の逃亡生活を送った」と涙ながらに話してくれました。
つらくてもそれを語ることが中日の平和を築くためだ、と言う楊さんのきっぱりとした態度に深い感銘を受けました。
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2007年10月13日
神社に参れない秋祭り
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恒例の秋祭り。田ノ上町内会の協賛事業も25周年の節目です。しかし、我が家は、今年1月14日没した母の喪が明けず、神社参拝が出来ません。町内を回る子ども神輿が小山事務所に、休憩に立ち寄ってくれました。
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老松幼稚園運動会開く
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幼稚園運動会の来賓席で、「幼保一元化」について保育園長から、問題点を聞きました。午前中で迎えが来て帰る子と、居残る子の間の心理的な問題がある、と言われました。幼稚園側にも、一日と半日の時間差が問題だと言われ、「幼保一元化」はどちらにも良くないようです。
予算の都合、場所の都合などと言わずに、子どものために、それぞれ必要なものをきちんと用意することしかありません。
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2007年10月12日
日本共産党のマニュフェスト(綱領)を語る[その2]
日本は戦前と戦後で大きく変わりました。天皇絶対の専制政治から、国民主権の民主政治に。侵略戦争を拡大し続ける国から、海外で一切戦争をしない国へ。しかし、歴史上初めて異民族アメリカによる支配を受け、日米安保条約が押し付けられました。そのため、日本の財界・大企業も、アメリカには従順です。国民が、米軍基地撤去や自主的な平和外交を求めても、そうならないのは日米安保条約があるからです。
いま大企業が、バブル期を上回る利益を挙げながら税金はあまりとられず、低賃金を労働者に押し付け、中小企業にしわ寄せして「大企業栄えて民亡ぶ」と言われています。大企業・大資産家を優遇する税制をやめ、社会的な責任を果たさせる(公害規制でそれを果たさせたのは全国に広がった革新自治体ですー岡山県でも1期目の長野県政が排出ガス総量規制を実施)ことが求められています。
日本共産党のマニュフェスト(綱領)では、これから日本社会が進む道を、次のように考えています。
対米従属の日米安保条約廃棄、大企業の民主的規制を実行するには、それを支持する国民運動が盛り上がるとともに、国民の利益を代表する勢力が、財界・大企業の利益やアメリカ言いなりを代表する勢力に、選挙で勝って国会の過半数を占めることが必要です。そこにつくられる政府が「民主連合政府」で、これは権力の移行を伴う「革命」。資本主義の枠内での「民主主義革命」です。
その次に資本主義から社会主義・共産主義へ、が課題になると考えます。「民主連合政府」下での、非同盟中立の平和外交、国民生活優先政治を経て、この選択は国民に委ねられます。これは、社会主義・共産主義への「革命」(権力の移行)ではなく「変革」です。
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2007年10月06日
日本共産党のマニュフェスト(綱領)を語る[その1]
日本共産党が創立されて85年になります。歴史の試練により、特に戦前と戦後で大きく政党名を変えた他の政党に比べ、日本共産党は同じ名前で85年の歴史を刻み、その名前が由来する未来社会に向けた社会進歩に力を尽くしています。
世界の歴史では、19世紀に生れた「社会主義・共産主義」の理論と運動、20世紀に、それを唱えた政党や政権が生まれ、中には自国民抑圧、他民族抑圧型に変質し、崩壊したものもありました。
一方、先進資本主義国には、自らが引き起こした、地球環境危機、南北問題などを解決できるのかどうか、自国内の「格差と貧困」を無くすことが出来るかどうか、鋭く問われています。
中国、ベトナム、キューバで、社会主義を目指す政権が、市場経済を導入して発展しています。南米でアメリカの帝国主義的干渉を退ける革新政権が「面となって」誕生する中、ベネズエラのように社会主義を目指す動きがあります。
このように、「資本主義」だけでなく、「市場経済をもつ社会主義」が目指されているのが、21世紀の世界の姿ではないでしょうか。この中で日本の進路を明らかにしたのが、日本共産党綱領です。今様に言えば「日本共産党のマニュフェスト」です。
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2007年10月04日
どちらも急ぐ、学校耐震化と児童クラブ増設
小中学校耐震化2010年度で100%達成のため、236棟の耐震改修が3年間に集中します。また、放課後子どもプランの中の「放課後児童クラブ」で、71人以上の大規模クラブは分離しクラブハウス増設を、2009年度中に実施していなければ補助金カットが来ます。
老松小学校の耐震改修が08年度に計画されようとしていますが、校地内にある、老松学区児童クラブの分離・増設が08年度に計画されています。児童の学校生活や安全確保の関係で、この2つの工事を同じ年度内に実施するのは難しい、とされています。
老松小学校では、児童数が08年度900人を超えて増え続け、09年には30クラス以上になり、教室の増築が必要になってきます。また、児童クラブは07年度82人、08年度はこれを上回ることが予測され、更なるクラブハウスの増設が必要ですが、校地内余裕スペースは少なくなっています。
いま、市街地の小学校の中に、児童数が増え教室不足が起きたり、児童クラブ希望者が増えても、クラブハウス増設スペースがない、という深刻な問題が起き、教育委員会の積極策が求められています。
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