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2006年06月28日

「私の6月29日」①--私は61年前岡山市で空襲に遭いました

ーー明日は岡山空襲61年の日です。当時の岡山市の人口は164,492人。亡くなった人1,737人、負傷した人、6,026人。当時の市街地面積は、10、450平方キロで市街地の73%の7,690平方キロが焼失しました。(岡山市史より)我が家もその中の1つで、弓之町で被災しました。私が小学校2年生のときです。
隣家の寝たきりの主婦は、焼夷弾の直撃を受け粉々にされました。私の家と隣の家との距離はほんのわずかでした。私たち家族はまさに九死に一生を得ましたーーー。

ねじ花.JPG
(写真はねじ花ーーラン科です柏台空き地にて)

それは、昭和20年6月29日未明のことでした。
飛行機の爆音がしたかと思うといきなりでした。ドカーンと言う音と同時に台所あたりが一瞬真昼のような明るさになりました。「伏せて!」父の大きな声がしました。続いて「花枝(私の母の名)3人の子どもをつれて早く逃げろ!」母と兄2人私と4人は、父の言いつけ通り外へ飛び出しました。人の流れに押され番町のほうへ押し流されて行きました。空はどちらを見ても夕焼けのように真っ赤でした。(明日へつづく)

投稿者 大本よし子

コメント

忘れることができない歴史の記憶ですね。私も含め、若い世代にできごとをお知らせください。
戦争を許してはなりません。自由にものをいうことができる世の中でなくてはなりません。

投稿者 TAKA : 2006年06月28日 23:00

タカさま
あの戦争体験は、私の人間形成に大きな影響を与えました。戦争の悲惨さ、恐ろしさ、をこれからも若い世代に伝える努力をします。それが私たち戦争体験者の義務です。

投稿者 大本よし子 : 2006年07月01日 07:45